コラム
産業医による健康診断
産業医

健康診断における産業医の役割について

健康診断で異常の所見があると認められる人の割合は年々上昇傾向になっています。(*1)実際に自社でも有所見者が増えていると感じている人事労務担当者の方も多いのではないでしょうか。

事業者には、健康診断の実施とその事後措置を講じる義務があります。健康診断をただ実施するだけでなく事後措置を行い、従業員の健康増進に生かすためには、産業医との連携が不可欠です。産業医は健康診断において、どのような役割を担うのでしょうか。健康診断全体の流れやその取り組みの中で事業者が注意すべきことなどと併せて、詳しく解説していきます。

健康診断における産業医の役割

健康診断における産業医の役割は、事業者と連携して従業員の健康状態を把握し就業の可否を判断すること、健康上の課題改善に向けた取り組みへの意見や指導を行うことです。

事業者は、従業員の健康維持や病気の早期発見、早期対応などを目的とする、健康診断の実施が義務付けられています。しかし医学的知識がないままでは、健康診断で見つかった課題に対し社内で有効な対応策を講じるのは難しいでしょう。こうした際にも事業者の力になってくれるのが、医学の専門家である産業医です。

産業医と連携することで、事業者は課題の改善に向けた取り組みが行いやすくなり、従業員の健康管理に役立てられます。産業医の仕事は健康診断後が主ですが、実施前から事業者とコミュニケーションを取り、事後措置などについて相談しておくとスムーズです。また、健康診断を実施する際は、あらかじめ従業員に目的や実施後の流れなどを伝達しておくと、健康診断に対する理解が進み、実施しやすくなるでしょう。

健康診断の流れと産業医の業務

産業医による健康診断

健康診断で重要なことは、従業員の健康状態を把握し、従業員が健康に働ける環境をサポートすることです。そのために結果を参照し、医師や産業医による医学的知見に基づく見解を聞き入れて必要な措置を行う必要があります。

健康診断における産業医の業務は、主に以下の内容です。

  • 健康課題の改善に向けた事業者への意見
  • 必要者への産業医面談
  • 結果を参照した保健指導や就業判定

また健康診断を行い、事後措置を講じるには従業員の理解を得ることも重要です。企業で実施する健康診断は法律で義務づけられており、さまざまな病気の早期発見や早期治療、また防止などを目的に、従業員の健康維持のために行われるものです。こうした健康診断の目的を従業員が理解していない場合、例えば再検査が必要だと診断されてもなかなか医療機関を受診してもらえないなどといった問題が生じる場合もあります。

従業員の理解を得て健康診断および事後措置を履行するためには、受診前と受診後の流れや注意点を把握しておくことが大切です。ここからは、健康診断の流れについて詳しく見ていきましょう。

(1)健康診断を実施する

健康診断をスムーズに進めるためにも、実施前に産業医と健康診断の目的や注意点、健診の種類などについて話をすり合わせておきましょう。その後、従業員に対して健康診断実施の通知を行います。産業医は健康診断結果表に目を通し異常所見の有無などの確認を行いますが、健康診断の結果は個人情報となるため、あらかじめ従業員にその点について説明しておくことも重要です。

定期健康診断の他に、以下の場合にも労働安全衛生規則によって健康診断の実施が義務付けられています。

  • 雇入れ時(*2
  • 特定業務従事者(*3
  • 海外派遣労働者の派遣時と帰国後の国内業務就業時(*4
  • 食堂など給食業務に従事する従業員の雇入れ時と配置替え時の検便(*5

該当する従業員の確認ができたら、健康診断が受けられるクリニックや医療機関に依頼して従業員に受診してもらいましょう。

(2)健康診断の結果を労働者へ通知する

事業者は健康診断を受けた従業員に対し、遅滞なく結果を通知しなければなりません。(*6)結果が出たら速やかに従業員に通知しましょう。健康診断の結果表は主に、健診機関からまとめて事業者に届けられる場合と、健診機関から直接従業員の自宅へ送られる場合とがあります。事業者がまとめて受領する際には従業員に個別に結果表を渡します。

また、健康診断の結果は事業者による5年間の保存義務があります。健診機関によっては、有料の場合もありますが、結果表を事業所での保存用と本人用と2部発行してもらえる場合もありますので、その場合は1部を保存しておきましょう。結果表が1部しかない場合は従業員にコピーを取ってもらい原本を保存用、コピーを本人用(もしくは原本を本人用、コピーを保存用)にするなどして対応します。

(3)産業医による所見確認

健康診断の結果を産業医に確認してもらいましょう。健康診断を実施した機関でも結果確認は行われますが、産業医は健康診断で判明した数値を、職場環境や業務内容と照らし合わせて分析することが可能です。悪化する可能性がないか、改善の必要性があるかといった判断をより現場に即した形で行えるでしょう。

また、労働安全衛生法第66条によって、産業医の選任義務のない事業場(従業員が50人未満の事業場)においても、健康診断で異常が見つかった場合には、医師の意見を聞く必要があります。(*7

この場合には地域産業保健センターの活用が有効です。地域産業保健センターでは、産業医が行っている以下のような内容のサポートが受けられます。

  • 健康診断の結果における医師からの意見聴取
  • 従業員の健康相談
  • 産業保健指導
  • 長時間労働やストレス度の高い従業員との面談

健康診断の結果を今後に活かすためには、産業医や地域産業保健センターの知見が役立ちます。

(4)労働者への受診勧奨

健康診断の結果に、再検査や精密検査が必要といった記載がされていた場合、医療機関を受診するように勧めます。しかし、中には日常生活や業務に支障がないため、受診してくれない従業員がいるのも現状です。

効果的な受診勧奨を行うには、口頭で伝えるよりも産業医に協力してもらい、文書で行う方が望ましいでしょう。異常数値が悪化するような場合、業務にどのような影響を及ぼすかを産業医は判断しやすいため、産業医の見解が記載された文書ならば、従業員に対して「医療機関を受診しておいた方が良さそう」という気持ちに導きやすくなります。

(5)健康診断の結果に基づく保健指導

健康診断の結果に異常所見があった従業員に対し、産業医による保健指導を実施します。健康診断結果に異常が見られても、どのようにアプローチしたらよいかを正しく理解できる従業員は多くはないでしょう。また、理解できたとしても家庭事情などの理由で、なかなか行動の実現が難しい場合もあります。

まずは従業員に対して予防や改善の必要性を認識してもらい、健康に対する価値観力を向上してもらう働きかけが必要です。理解が得られたら、生活習慣改善支援プログラムや禁煙サポートプログラムといった、従業員それぞれの健診結果やライフスタイルに合ったプログラムを用意し、実行してもらう方法が良いでしょう。適度に進捗が分かるようなものにすれば、達成感も得やすく従業員のモチベーション維持にもつながるはずです。産業医と協力し、プログラムを通じて栄養指導や運動指導、日常生活のアドバイスを行うことで、従業員の生活習慣が好転したり、疾病の防止につながったりしていきます。

保健指導は努力義務ではありますが、従業員が健康で働けることで業務の生産性が向上し、企業への貢献度が高まる見込みが増すため、保健指導の実施は効果的といえるでしょう。

(6)有所見者について産業医へ意見聴取する

有所見者とは、健康診断の結果において異常値が見られた状態の人のことです。有所見者がいた場合、事業者は3カ月以内に産業医や地域産業保健センターなどの医師から意見を聞く義務があります。(*8

産業医が意見を提供するのは通常の勤務ができるか、制限が必要かどうかといった就業に関する事柄やその内容、また作業環境の管理や作業方法の管理についてです。

意見聴取を行う際には、産業医がいる場合には産業医に、産業医がいない場合には地域産業保健センターなどの医師に対し、有所見者の業務環境や労働時間などの情報、また過去の健康診断結果の情報を提供する必要があります。そのため、こうした情報をスムーズに確認できる保管体制を整えておきましょう。

また、有所見者の基準については法令で詳しく定められていませんが、人間ドック学会の基準を採用している事が多いようです。多くの健診機関も人間ドック学会の基準を参考にしている事が多く、要精密検査・要治療・要医療となるD判定を有所見と判断しているようです。実際にどの程度を有所見とするかは、産業医と相談して決めておくとスムーズです。

◇就業区分

―産業医が有所見者について事業者に意見する際には、以下3つの就業区分に分けて判定を行います。

  • 通常勤務:通常の勤務で問題のない従業員
  • 就業制限:労働時間の短縮や出張の制限などが必要となる従業員
  • 要休業:療養のための休職などが必要な従業員

参考:労働安全衛生法に基づく健康診断実施後の措置について

産業医は従業員の業務環境や労働時間などの情報を基に、健康診断の結果を踏まえて上記の区分に応じて就業判定に関する意見を事業者に申し立てます。

産業医から就業時間の短縮や制限、休業が必要という意見が提供された場合、事業者は職場環境などの改善策を講じつつ、就業判定を下す必要があります。

◇就業上の措置の決定

―就業区分に応じて就業上の措置を決定する際は、企業側の一存で決めるのは避けた方が良いでしょう。決定した内容に従業員が不満を持ってしまうとトラブルに発展する可能性があるからです。

健康診断の結果のみで判断せず、従業員の現在の心境や生活状況などを聞き入れて、なるべく相互に納得のいく内容で決定します。そのために、企業側だけでなく産業医面談も活用して、就業区分に応じた説明や措置の必要性を従業員に理解してもらうことが重要です。

労働安全衛生法の中でも、従業員の実情を考慮して適切な措置を講じなければならないと記されています。(*9

(7)定期健康診断結果報告書の作成と提出

常時50人以上の労働者を使用する事業者は定期健康診断と特定業務従事者の健康診断を行った際には、遅滞なく所轄の労働基準監督署に「定期健康診断結果報告書」を提出する必要があります。(*10)報告書は厚生労働省のWebページからダウンロードできる他、Web上で直接入力できるサービスもあります。(*11)(*12

提出の際にはコピーが控えとして返却されるため、あらかじめ原本とコピーの2部を用意して下さい。提出期限については、事業者ごとに健康診断の実施時期が異なるため明確に定められていませんが、実施後は速やかに提出するのが望ましいといえます。

また、令和2年の法改正によって、報告書に産業医の押印は不要となりました。そのため、労務担当者や健康診断の担当者のみで提出可能になり、電子申請の利便性も向上しました。(*13

◇健康診断の結果報告は押印なしの電子申請が可能に

―e-Govアカウント、GビズID、Microsoftアカウントのいずれかを持ち、パソコンにアプリケーションをインストールすることで「e-Gov電子申請」が利用できるようになり、健康診断の報告書を電子申請で提出することができます。(*14

電子申請は、以下の3ステップで完了です。

  1. アカウントを登録してアプリケーションをインストール
  2. 手続き名称から健康診断で検索して報告書を選択
  3. 入力完了後に提出

受付は24時間365日行っているため、効率よく入力と提出ができます。電子申請の場合でも、令和2年の法改正によって産業医の電子署名は不要となり、記名のみで提出可能になりました。

従業員に健康診断や産業医面談を拒否されたら

健康診断・産業医面談が拒否された

健康診断後の産業医面談を受けるのは義務ではありません。そのため、健康指導などにおいて面談の場を設けようとしても従業員に断られてしまうケースがあります。

また、健康診断について十分な説明がされていない場合、従業員は健康診断を受けることが義務であることを知らず、健診を断ることもあります。しかし、事業者としては安全配慮義務の観点から、健康診断の未受診や有所見の従業員を放置するわけにはいきません。

まずは従業員に対して、健康診断や産業医面談の目的や意義を周知することが重要ですが、説明してもなお断られてしまうケースも考えられるでしょう。以下に、健康診断や産業医面談を拒否された際の対処方法について解説します。

健康診断を拒否される場合

従業員は事業者が行う健康診断を受けなければならないと労働安全衛生法に定められています。(*15)しかし、義務であると分かっている従業員でも、以下のような理由で拒否するケースがあります。

  • 持病が発覚してしまったらキャリアに影響が出るのではないか
  • 忙しくてスケジュールがどうしても合わない
  • 体にコンプレックスを抱えているため見られたくない

キャリアに不安を抱く従業員には、健康診断を受けることは義務であるため、拒否してしまう方がかえって、キャリアに影響が出る可能性があることをまずは伝えてみましょう。健康診断が評価に影響するものでないなら、評価基準を伝えるのも有効です。

スケジュールが合わないからという従業員には、家の近くにある施設の選定や、出勤扱いにして午前中に行ってもらうといった工夫でも対応できます。

コンプレックスを抱える従業員がいた場合、まずは従業員の意見を傾聴するなどして抱える不安が少しでも小さくなるよう心を配りましょう。その上で働く以上健康診断は義務であり、コンプレックスや心情を理由に受診拒否はできないことを説明し、理解を得られるようにしていきます。

産業医面談を拒否される場合

産業医面談を断られてしまうケースは、以下のような原因が考えられます。

  • コミュニケーション自体が苦手で何を話したらよいか分からない
  • 産業医に話したことが他の人に知られてしまうのではないかという不安
  • 産業医面談の必要性が感じられない

面談を拒否する従業員には、まずは安心感を抱いてもらえるようにしましょう。産業医には守秘義務があるため、本人の同意がない限り面談の内容を外部に伝えることは基本的にありません。その上で、従業員が面談に対して抱えている不安を丁寧に探り、解消して面談に臨めるように促します。

加えて面談を受けることで、従業員が得られるメリットについて説明しておきましょう。産業医と面談することで健康診断の数値結果だけでは見つからなかった不調の原因が判明する可能性がある、改善方法が分かることで先々の不安が解消されたりするといったことなどがメリットとして挙げられます。

環境を整備し、産業医面談を受けやすくすることも有効です。産業医には守秘義務があることを周知したり、会話が外に漏れにくいプライバシーに配慮した面談室などを用意したりできれば、産業医面談の抵抗感も減り、拒否されるケースも少なくなるでしょう。

ここまで色々準備をしてきたとしても面談を拒否されてしまうことも考えられます。そのため面談の話を持ちかける際には、従業員へ伝えたことや返答などの働きかけを詳細に記録しておくと良いでしょう。記録があれば、労働基準監督署の臨検があった場合にも、安全配慮義務を果たしていると認められやすくなります。

健康診断の事後措置についての留意点

健康診断の事後措置において留意したいのは、従業員にとって不利益となる措置を行わないという点です。不利益な措置とは具体的には以下のような例が挙げられます。(*16

  • 産業医や医師の意見を聴取せずに行う措置
  • 産業医や医師の意見と異なる措置
  • 健康診断の結果によって解雇する
  • 健康診断の結果によって契約の更新を行わない
  • 健康診断の結果によって退職勧奨をする
  • 健康診断の結果によって異動命令を出す
  • 健康診断の結果によって役職の変更を命じる

上記のような対応を行った場合は、事業者側の安全配慮義務が認められなくなる可能性が生じます。

まとめ

健康診断の目的は疾病などの早期発見、早期治療です。いつでも健康な状態が望ましいですが、自覚できない体の変化が健康診断によって明らかになる場合があります。もしも、健康診断によって異常が見つかった場合、産業医と連携することで適切な事後措置が可能です。

従業員の健康を守ることは人手不足の現代において、より重要な意味を持ちます。誤った事後措置をとってしまい、優秀な人財がパフォーマンスを発揮できなくなってしまえば大きな損失です。

産業医と協力することで、健康診断の事後措置だけでなく、職場環境を多角的に捉えて従業員の健康を守る手段が見えてきます。従業員全員が健康で働けることによって、業務で最大のパフォーマンスが発揮され、企業に大きな利益がもたらされるはずです。

*1 中央労働災害防止協会 定期健康診断実施結果の有所見率の推移(1994-2021年、日本)

*2 e-Gov 労働安全衛生規則第43条

*3 e-Gov 労働安全衛生規則第45条

*4 e-Gov 労働安全衛生規則第45条の2

*5 e-Gov 労働安全衛生規則第47条

*6 e-Gov 労働安全衛生規則第51条の4

*7 e-Gov 労働安全衛生法第66条の4

*8 e-Gov 労働安全衛生法第66条の4

*9 e-Gov 労働安全衛生法第66条の5

*10 e-Gov 労働安全衛生規則第52条

*11 厚生労働省 定期健康診断結果報告書様式

*12 厚生労働省 労働安全衛生法関係の届出・申請等帳票印刷に係る入力支援サービス

*13 厚生労働省 「健康診断個人票や定期健康診断結果報告書等について、医師等の押印等が不要となります。」

*14 e-Gov電子申請

*15 e-Gov 労働安全衛生法第66条

*16 厚生労働省 「健康診断結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針」 p.5https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12602000-SeisakutoukatsukanSanjikanshitsu_Roudouseisakutantou/0000166494.pdf

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