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がんは国民の死亡原因の上位となっています。一方、がんは、その治療方法の進歩により、長期生存も見込める疾患になってきました。そのため、がん治療を行いながら、仕事を続ける人も増加傾向にあります。
そこで今回は、がん治療と仕事の両立支援について、経営者や管理職の皆さんが知っておくべきポイントと、実際の両立支援の例をあげて解説していきます。企業経営の参考にしてください。
がんは、1980年代以降、国民の死因の第1位を維持しています。
そして、以下の図は性別、年齢別のがん患者数を1975年と2014年で比較したものですが、40年前と比較して男性、女性ともに5倍近くに増加しています。
がんの死亡数と罹患数の増加は、人口の高齢化が主な原因になっています。
そして、今後、企業で働くがん患者はより増えていくことが予想されます。
その理由は2つあります。1つは「女性の社会進出」、もう1つは「定年延長」です。
上記のグラフの、2014年の男女のデータを見ていただくと、50代前半までの若い世代では、女性の方が男性よりがんと診断される方の数が多く、30代では女性の患者数は男性の約2.2倍です。このため、女性の社会進出が進めば、企業で働くがん患者の数は、特に30代から50代前半の方については、女性の方が男性よりも増える可能性もあると考えられます。
一方、上記のグラフを見ていただくと、50代後半以降になると、男性でがんと診断される方の数が女性の数を追い抜いて、急速に増えていきます。そのような中で定年が60歳から65歳へと引き上げられれば、男性会社員のがん患者が増えることが予想されます。
さらにがんの5年生存率は向上してきており、2009年〜 2011年の間にがんと診断された人の約6割は、5年後も生存しているという研究データもあります。
そして、生存率が向上したことに伴い、仕事を持ちながらがんで通院している人の数は増加傾向となっており、44.8万人という令和元年の調査による推計データもあります。
このように、がんの生存率が向上したことで、すぐに離職しなければならない状況には必ずしもならないようになってきました。
一方、がんを抱えながら働く労働者の中には、仕事と治療の両立ができず、離職に至ってしまう場合もあります。国立がん研究センターの調査によると、がんと診断を受けた人のうち、退職や廃業に至った割合は、がんと診断を受けたときに就業していた人のうちの19.8%でした。そのうち「再就職・復職の希望があるができない」と回答した人は22.5%(回答者全体の4.5%)となっています。
疾病を抱えた労働者の活用に関する取り組みは、健康経営の実現をすることや、ワーク・ライフ・バランス、ダイバーシティ推進といった観点からも望ましいでしょう。そのため、両立支援対策の強化は、今後ますます必要になってくるといえるでしょう。
それでは、ここからはがん治療と仕事の両立支援のポイントを解説します。
まず、事業場による労働者のがん治療支援は、「労働者本人の申し出を受ける」ことから始まります。そして、事前に以下のような準備をして、両立支援の環境を整えます。
実際に、治療と仕事の両立支援は、下記のような流れで進めていきます。
まず、事業者が定める様式等を活用して、あくまでがん治療を受ける本人の申し出により、主治医から情報の提供を受けます。
主治医からの提供された情報が、両立支援の観点から十分でない場合は、産業医(産業医がいない場合には人事労務担当者等)が労働者本人に同意を得た上で、さらに必要な情報を収集します。
産業医等に対して、主治医から提供された情報を提供し、就業継続の可否等の就業上の措置や、治療に対する配慮に関する意見を聴取します。
主治医や産業医の意見を勘案し、就業の措置や治療に対する配慮の内容、実施時期などについて検討します。
セオリーとしては上記のような流れになります。では、実際にはどのようにがん治療と仕事の両立支援を進めていくのか、筆者の知人である産業医が経験した実例を元にした症例を見ていきましょう。
こちらは、乳がんに罹患した女性のケースです。
この方は、健康診断で乳がんが発見されました。総合病院を受診すると、1ヶ月後に入院して手術を受けることになり、加入していた健保にて高額療養費制度を申請して入院を迎えました。上司に乳がんで手術が必要になったこと、1ヶ月ほど休みが欲しいことを伝えて休みに入りました。
術後3週間経った時点で、本人が復職を希望して主治医の診断書を持って職場を訪れました。
「病名:乳がん術後。下痢、倦怠感を認めるが、一定の配慮のもと就労可能である。」
この診断書を参考にして、産業医や、産業保健スタッフ、人事スタッフや上司などが、両立支援についての検討を行いました。
まずは、次の3点を確認しました。
シフト勤務の場合は、代替職員の補充などが難しいので、できれば突発的な休みが連続することは、雇用主の側からすると避けたい状況と考えられます。シフト勤務なのか、固定制の勤務体系なのかによって、休みをとることでの周りへの影響も変わってきますので、両立支援プランを立てていく上では大切なことになります。
次に、以下のような治療状況の確認を行いました。
治療がどのように進んでいくかは、今後の労働者の勤務についての見通しを立てる上でも重要なことです。年単位でプロジェクトなどを担当するような仕事の場合は、特に大切になってくるでしょう。
今回は、手術後に放射線治療が始まり、平日の週5日、1日1回、約4〜6週間かけて通院で照射を行う予定となりました。また、抗がん剤治療については3週間毎に通院し、約2時間の点滴を4〜8回(3〜6ヶ月)行う予定となりました。
その他、以下のような事項も確認しておきました。
結果、本人は「できる範囲で働きたい」という希望を持っていました。治療のスケジュールに合わせたシフトを組むことができたので、日にちのある程度決まっている定期外来受診、化学療法や放射線治療に対しての休暇は不要でした。一方、体調不良の際に、休暇が取れるかどうか、会社の制度を確認しました。その結果、この企業では治療のために取得できる休暇制度として、1日単位の有給休暇がありましたので、それを使って、万一の際には充てることとしました。
そして、この方は真面目に働く人だったので、上司や同僚との関係も良く、周囲からの両立支援への理解も得られると考えられました。
以上の項目の確認をした後、以下の項目について、重点的に検討しました。
結果として、この事例では、病前の働きぶりがよく、上司や同僚からの信頼も厚かったので、復職に向けた話し合いはスムーズに進みました。職場復帰の際は、化学療法の副作用で下痢と倦怠感が認められたため、電話応対ではなく、サポート業務から開始しました。職場に対して治療の見通しを伝え、職場復帰から2ヶ月後には症状が落ち着いたので、電話応対に復帰することができました。
このケースでは、シフト勤務であったことで、治療のための休暇を特別にとる必要はありませんでした。しかし、固定制の働き方をしている場合は、外来通院のために休暇をとる必要があります。その場合は、体調によっては有給休暇を全て使ってしまうことになることも予想されます。
厚生労働省によると、一般企業のおよそ80%で病気休職制度や、何らかの形での病気休暇が導入されています。一方、会社の規模などの要因もあり、全ての事業所で十分な特別休暇の整備を行うことは現実的に難しいケースもあるかもしれません。
しかしながら、今後ますますがん治療をしながら仕事をする人が増えることが予想されるため、時間休暇や半日休暇、また治療のための特別休暇などの制度が広まっていくことが望ましいと思われます。
今回は、がん治療と仕事の両立支援について、そのポイントと実例をあげて解説しました。
両立支援を行う上で、どのようながん治療を受けているのか、また本人がどのような働き方をしていたか、また今後どのように働きたいかについては、千差万別です。産業医や産業保健スタッフがいる場合はそれらの専門職と、いない場合は人事担当者と経営者または管理職の方が一緒に、がん治療と仕事の両立支援について十分に検討をしましょう。
そして、がん治療中の労働者と企業側の双方にとって納得のいくような両立支援を目指していきましょう。
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行政機関である保健センターで、感染症対策等主査として勤務した経験があり新型コロナウイルス感染症にも対応した。現在は、主に健診クリニックで、人間ドックや健康診断の診察や説明、生活習慣指導を担当している。放射線治療専門医、日本医師会認定産業医。