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職場のメンタルヘルス対策の必要性は、よく知られるところとなりました。〈メンタルヘルス不調による1ヶ月以上の休職者・退職者がいる事業所は9.2%〉 といった数字に触れると、あらためて深刻さを実感するところです。
本記事では“部下が休職や退職に追い込まれる前の予兆”に焦点を当て、具体的な対策を考えていきたいと思います。
筆者は身内や自身がメンタルヘルス問題の当事者となった経験があり、それを踏まえて組織のマネジメントに取り組んできました。組織内でメンタルヘルス対策について話すとき、マネジャー陣にかならず伝えていたことがあります。
それは「とにかく初動が大切」ということです。たとえば、うつ病について「こころの風邪」という表現が使われることがあります。たしかに、風邪のうちに休養すれば大事にいたらないこともあるでしょう。
ですが、風邪でも適切な対応をせずに放置すれば、最悪なケースでは命を落とします。最初は風邪だったメンタルの不調も本格化すると、非常に長い戦いとなります。何十年という人生の時間を費やし、本人はもちろんのこと、支える周囲にとっても大変なときが続きます。そうなる前に、“風邪”といえる程度のうちに早期対応することが、本当に重要です。
しかし、こんな誤解を持っていると、初動が遅れます。
こころの病気になる可能性は(体の病気と同じように)誰にでもあること、どんなにすばらしいホワイト企業でもあり得ることは、あらためて認識しておきたいポイントです。
実際、筆者自身がメンタルヘルスの不調を抱えたとき、初動が遅れた苦い経験があります。周囲からタフな人間だと思われていましたし、筆者自身もその評価が覆ることを恐れ、限界を超えて強制終了するまで何の対処もできませんでした。
「あのとき、対応していれば……」「気づけるサインは、たくさんあったのに……」そんな後悔をしないで済むように、“一歩手前の予兆”にアンテナを張っていただければと思います。
ではどんな予兆が見られるかといえば、特徴的なポイントがあるのでご紹介します。
遅刻や欠勤の増加は、よくいわれることですが、とくに以下のケースは体の不調ではない可能性があります。
通常の体調不良であれば、出勤する前に欠勤連絡をし、わざわざ午後から出勤せずに一日休むのが普通です。それがメンタルヘルスの不調の場合は、「精神力で、なんとかがんばって出勤しようとする」「一日休むのは罪悪感が強くてできない」といった心理がはたらいていると考えられます。
このまま何もケアしなければ、次第に頻度が増え、やがて本格的に不調をきたすリスクがあります。部下に一度でもこういった行動が見られた場合には、有休を積極的にとってもらう・仕事の負担をさりげなく減らすなどして、調整を行います。
「常識的に考えて、こんなミスをするなんて信じられない」と思わず糾弾したくなるミスを部下がしたときは、叱責したい気持ちをまず抑えます。理解しがたいミスをするほどの異変が、部下に起きている可能性があるからです。
話は少し脱線しますが、こういったとき、「部下を怒る前に、部下を心配する」という思考回路の癖をつけておくと、自分が部下を潰してしまうリスクを減らせます。メンタルヘルス不調であれば、大きなミスが続く可能性を考慮して、ダブルチェックの強化や仕事の分担変更などで予防線を張っておくとよいでしょう。
仕事での大きなミスは、こころの病気の引き金を引いてしまうことがあります。部下にミスをさせない配慮が、部下を守ることにつながります。
メンタル不調が本格化しだすと、身体的な症状があらわれることがあります。具体的には、すぐ涙目になる、手や顔に汗をかく、手足や体が震える、声がかすれる、デスクで眠ってしまうなどです。
本人が気にしていることもあるので直接的に指摘するのは避け、「最近、ちゃんと眠れてる?」「顔色が悪い気がしたけど、大丈夫?」などと遠回しに声をかけて、部下の話を聞くきっかけをつくります。無理に聞き出そうとはせず、部下が相談しやすい雰囲気づくりに努めて、傾聴に徹します。必要に応じて、部下から社内窓口や産業医などへ相談するように勧め、適切なケアへと橋渡ししていきましょう。
補足として、すでに部下が医療機関を受診している場合、薬物治療をスタートしたタイミングで、様子が大きく変わったように感じられることがあります。
というのは、眠気、ふらつき、口の渇き、発汗などの副作用を持つ薬も少なくないためです。精神にはたらきかける薬の場合、一時的に性格が変わったように見えることもあります。とくに治療を開始した直後は、状態が不安定になりがちです。こころの病気の場合、通院を続けながら自分に合う薬の種類や量を見つけていくスタイルが一般的なためです。
たとえば、「会社のデスクで、勤務時間中に部下が眠っている」というとき、初めて服用した薬が効きすぎてしまった、といった可能性も考えられます。頭の片隅に入れておくと、部下を不用意に傷つけるリスクを回避できるのではないでしょうか。
※なお、本記事でご紹介した内容は筆者の体験に基づくものです。メンタルヘルス不調は多種多様であり、一概に答えを出すことはできません。本記事の内容は、あくまでもひとつのヒントとしていただき、医療的アプローチでの解決を模索する際には、必ず医療の専門家へ相談の上、すすめていただければと思います。
部下のメンタルヘルス不調にアンテナを張り、予兆があれば先回りしてミスを防ぎ、必要な休養をとってもらいサポートする——。本記事ではそんなお話をさせていただきましたが、正直なところ、「そんな余裕はない」という方もいらっしゃるかもしれません。その気持ちはよくわかります。
ただ、「自分に余裕がないばかりに人を助けられなかった」という経験もまた、心に暗い影を落とすものです。筆者は、もう二度とそんな経験をしたくない一心で、職場のメンタルヘルスに取り組んできました。と同時に、マネジャー陣の心に「余裕」をつくるのは、経営者が行うべき最大のメンタルヘルス対策のひとつとも考えます。
ビジネスがうまくいっていて、社員は自分の仕事で成果を出しやすい。人員にあそびがあり、マネジャー陣の心にゆとりがある。そういった職場環境なら、たとえ不調を抱える社員が出ても、皆で助け合えるはずです。
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〈三島 つむぎ〉
ベンチャー企業でマーケティングや組織づくりに従事。商品開発やブランド立ち上げなどの経験を活かしてライターとしても活動中。