選任する産業医が見つかり、いざ契約をするとき、どんな点に注意すればいいのかわからない担当者も少なくないでしょう。
産業医との契約に際しては、法令で決められたルールを踏まえて契約書を作成し、締結する必要があります。そこで、産業医との契約書作成に活用できるひな形、契約書に記載すべき内容や作成時のポイントをご紹介します。
目次
産業医の選任と契約までの流れ
産業医との契約を必ず行わなければならないのは、産業医の選任が法令上義務付けられている事業場です。選任に関する法令上のルールと、契約までの流れについて解説します。
※産業医との契約”時”のポイントを理解したい方は下記の記事で詳しく紹介しておりますので、併せてご覧ください。
産業医の選任が必要な事業場とは
産業医の選任が必要かどうかは、事業場の規模で決まります。企業の規模ではなく、営業所、工場、店舗などの実際に労働者が働いている場所ごとの規模で決まります。
産業医の選任義務については労働安全衛生法第13条第1項、労働安全衛生法施行令第5条で定められているものです。常時50人以上の労働者を使用する事業場に選任義務があり、ここでの労働者には、派遣職員やパート・アルバイトも含まれます。
また産業医の人数は、以下の通り選任しなければなりません。
- 労働者数 50 人以上~ 3,000 人以下の事業場 …1名以上
- 労働者数 3,001 人以上の事業場 …2名以上
さらに労働安全衛生規則第13条第1項第3号で定められるとおり、以下の事業場では専属産業医を必ず選任することとされています(「専属産業医」については次の項目で説明します)。
- 常時 1,000 人以上の労働者が従事する事業場
- 有害物質などを取り扱う業務に常時 500人以上の労働者を従事させる事業場
産業医の勤務形態は2つある
産業医の勤務形態には、「嘱託(非常勤)産業医」と「専属産業医」の2種類があります。
・嘱託(非常勤)産業医
嘱託産業医は非常勤で業務に当たる産業医であり、事業場に常駐している必要はありません。法令上、専属の産業医でなければならないとされる場合以外は、嘱託の産業医を選任することができます。
嘱託産業医は、普段は勤務医や開業医として働き、企業から依頼された日に事業場に赴いて産業医の業務を担う場合がほとんどです。また他の事業場の産業医を兼務することもできます。
・専属産業医
「専属」とは特定のものだけに属するという意味で、専属産業医は選任された事業場に常駐し、基本的には他の企業の産業医を兼務することができないとされています。「常駐」に対する明確な基準はなく、週4~5日の勤務とすることが多いようです。
常時1,000人以上の労働者が従事する事業場や、有害物質などを扱い常時500人以上が従事する事業場では、専属産業医の選任が必須です。
※専属産業医について詳しく知りたいという方は下記の記事で詳しく紹介しておりますので、併せてご覧ください。
産業医と契約するまでの流れ
産業医と契約するまでにはフェーズをいくつか踏まなければなりません。まずは事業場の環境状態や健康管理の状況を把握し、解決しなければならない課題を洗い出します。業種によっては解決しなければならない課題が特殊なケースもあり得るでしょう。事業場はそれらを加味したうえで産業医を見つけていきます。そして、産業医が見つかった場合には、契約書を用意して締結するという流れで進めるのが一般的です。
産業医との契約形態2つのパターン
産業医と企業事業場は、産業医の人材紹介サービスと契約する場合などを除くと、産業医個人と直接契約を結ぶのが一般的です。直接契約する場合には、雇用契約と業務委託契約の2つのパターンがあり、それぞれのパターンを以下に解説します。
雇用契約
雇用契約は産業医を企業で直接雇用する契約であり、他の従業員と同様に労働基準法第15条に基づき、労働条件を定めて雇用する方法です。自社で使用している労働条件通知書の書式を利用するなどして書面を作成し、産業医に通知します。専属産業医に多い契約形態で、1年から5年ほどまでの期間を定めて契約する場合が多いようです。
産業医は専門職であり、一般の労働者とは異なる面がありますが、雇用契約が締結されれば雇用主の指揮命令に従い業務を行うという点は同様です。また有期雇用契約を結んだ際には有期契約労働者に対して定める範囲の就業規則が適用され、要件を満たしていれば社会保険の加入対象にもなります。
業務委託契約
業務委託の形式で契約する場合は、業務委託契約を締結します。嘱託(非常勤)産業医との契約で多くみられる契約形態ですが、専属産業医の場合でも、この契約形式をとることができます。雇用契約の場合と異なり、労働条件を明示する法令上の義務はありません。
また雇用主の指揮命令系統には属さないため、契約書には産業医の義務をより明確、かつ詳細に記載する必要があるという点がポイントです。業務内容を報酬とともに明確に定めることや、就業規則の適用対象にならないことを踏まえ、業務上知り得た情報の取り扱いなどについての留意点も詳細に定めます。
スポット契約という形態もある
産業医との契約形態は、先述した雇用契約と業務委託契約の2つが主なパターンですが、例えば1訪問、1業務ごとに報酬を支払う形式のスポット契約という契約形態もあります。
50人未満の事業場が健康診断の結果確認や精査のために利用したり、契約している産業医だけでは人手が足りず業務が終わらなかったりする場合に利用します。必要なときだけ業務を依頼するのが特徴です。
産業医と直接スポット契約を結ぶ場合は、基本的には業務委託契約になります。産業医紹介サービスを通して一時的に業務を依頼する場合は、サービスを提供している企業との契約になる場合が多いようです。
産業医との契約書に記載する内容
次に、産業医との契約書に記載する内容について解説していきます。雇用契約を結ぶ際に準備する書類や文面は企業によって異なるケースも多いため、ここでは業務委託契約の場合を中心にご紹介します。
産業医との業務委託契約書に記載する項目には、主に以下のようなものがあります。
- 産業医の選任
- 職務内容
- 事業場の責務
- 情報の取扱い
- 報酬
- 補償
- 契約の有効期間
- 反社会的勢力
- 協議
(引用:日本医師会「産業医契約書の手引き」)
これらは基本的な事項のため記載するようにしましょう。
「産業医の選任」の項目では、どこの事業場についての選任であるかを明記します。また法令に従い選任する旨を記載しますが、これは企業の法令遵守の証拠を残す上で重要な点です。
「事業場の責務」では事業場側の報酬支払い義務や、補償についての取り決めを明示しておきます。産業医が法定業務を遂行するために、事業場がどういった協力を行うのか、という義務内容も記載します。その他の留意点については「産業医の契約書作成時に確認すべきポイント」で後述しているので併せてご参考ください。
契約書のテンプレート
契約書の記述内容を確認する上で便利なのが、信頼できるテンプレートです。産業医との業務委託契約のテンプレート(ひな型)が日本医師会から公開されています。契約書全体のイメージをつかむため、また記載に遺漏がないか確認するため、ぜひご参照ください。
⇒産業医との業務委託契約のテンプレート(ひな型):日本医師会 「産業医契約書の手引き」
上記のテンプレートには、選任の対象となる事業場の詳細についても記載できるよう「別表」がついています。ここに事業場の情報を記載し、契約書本文と一体のものとして利用します。
産業医の契約書作成時に確認すべきポイント
産業医との業務委託契約書作成時には確認しておきたいポイントがあります。どのような点に留意すればよいか、ここで詳しくご紹介します。
職場巡視や衛生委員会の出席、従業員への面接指導など産業医に依頼する職務内容
産業医の業務には法定業務があります。労働安全衛生規則第14条、第15条において、職場巡視を行うこと、従業員への面接指導を行うこと、衛生委員会への参加は法律上産業医の業務として義務付けられています。そのため契約書の「職務内容」の項は法定業務を漏れなく記載することがポイントです。
先に紹介した産業医との契約書テンプレートでは、第2条の法定業務が漏れなく網羅されています。なお「職務内容」の項ではストレスチェックの実施や研修の提供など、法定業務以外で依頼したい業務があれば記載しましょう。
訪問頻度や報酬、交通費などの諸経費の取り扱いについて
諸経費の取り扱いについては契約の重要な条件のため明確に記載します。報酬は訪問頻度などを考慮して定めるのが一般的です。報酬額や交通費など諸経費の取り扱いについては、地域によって考え方が異なる場合があります。事業場がある地域での標準的な費用がわからない場合には、地元の医師会に問い合わせると参考になります。
情報の取り扱いについて
医師の情報の取り扱いについてはもともと守秘義務が法律で定められ、刑事罰もあります。しかしこれに加え個人情報の取り扱いについては、個人情報保護法を遵守する必要があり、企業の機密情報の取り扱いに従う必要もあります。個人情報を目的外利用しないこと、第三者提供ができないことなどを定めるほか、企業として遵守してほしい事項があれば記載しておきましょう。
契約の有効期間について
契約は、1年ごとあるいは任期を定めて締結することができます。また自動更新の定めを置くことも可能です。期間については有効期間だけでなく、契約途中で解約することも想定し、解約の際の申し出期間についても定めておきましょう。
産業医契約書と選任報告書は違うもの
産業医の選任の際には、「選任報告書」を労働基準監督署に提出します。産業医との契約書締結だけでは選任手続きは終わりません。契約書締結の後は、契約書とは別の書類である選任報告書の作成・提出を行います。届出には、「選任報告書」の他、医師免許証のコピーや産業医認定証のコピーも必要です。
選任報告の様式は以下よりダウンロード可能です。
⇒厚生労働省「総括安全衛生管理者・安全管理者・衛生管理者・産業医選任報告」
産業医との契約締結前に注意すること
産業医との契約締結前には、次のようなことに留意しておきましょう。
自社のニーズに応えてくれる産業医を選任する
自社のニーズ・各事業場のニーズを事前に把握して産業医を選任することが重要です。産業医に行ってもらう業務の中で特に重視するのは何か、どんな点に対し指導を仰ぎたいのかなど、自社の希望に沿う産業医かどうかを確認してから選任するとミスマッチを防ぐこともできるでしょう。
医師の事情を理解して契約締結に向けた話し合いを行う
医師業界では「副業」が広く認められており、複数の企業と契約する産業医も多くみられます。このため、契約社員向けの就業規則が適用される雇用契約を結ぶ場合も、副業の制限については適用なしとするなどの対応をとる場合もあり得るでしょう。また雇用者の指揮命令系統に属する雇用契約の形式をとるのが不適切な場合も出てくるかもしれません。
産業医と契約を結ぶ際には誤解やトラブルを防ぐため、一般的な会社員とは異なるこうした医師の働き方を理解し、医師の希望を確認した上で話し合いを進めることが大切です。
書類は事前に準備して効率よく手続きを進める
産業医の選任は選任すべき事由の発生後、14日以内に行わなければなりません。慌てて選任を進めて失敗しないように、余裕を持って産業医探しと契約書の作成を行いましょう。産業医との契約と並行して選任報告書の準備も進めておくと、よりスムーズに選任手続きを行えます。
なお産業医を変更する際は、契約解除前に新しい産業医を見つけておき、産業医の設置に空白期間を作らないよう留意します。新しい産業医との契約書の作成には、前の契約条件を流用せずに、希望を聞きながら作成しましょう。
“名義貸し”状態にならないよう留意する
医師の認識不足や人事労務担当者の知識不足などが原因で、法定業務を十分に行わない産業医がいるという問題が起こるケースがあります。こうしたいわゆる“名義貸し産業医”は、労働安全衛生法第120条第1号の違反となり、企業にも罰金が科される場合があります
契約書に記載した法定業務内容は、必ず遂行してもらうことが重要です。企業も産業医が業務を遂行しやすいように、必要な協力を行いましょう。
まとめ
産業医との契約書の内容や確認すべきポイントを解説しました。法令に定められた基本的なルールを守り、テンプレート(ひな型)を利用するなどして不備のない契約書類を作成しましょう。
また産業医の働き方に合わせて、具体的な条件を決めることも重要です。契約書とは別に選任報告書も必要になるため、並行して準備を進めておきましょう。