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精神障害の労災認定どこまで?新しい判例から因果関係を考える

2021年9月に、労災をめぐる裁判に名古屋高裁がひとつの判決を下しました。訴えを起こしたのはトヨタ自動車に勤務していた男性の妻です。男性がうつ病を発症して自死したのは重労働と上司からのパワハラが原因だとして労働基準監督署に補償給付を求めたものの、認められなかったため訴訟に踏み切りました。

精神障害の労災認定は増加傾向

厚生労働省の統計によると、精神障害の労災認定、補償支給決定件数は増加傾向にあります(図1)。

精神障害に対する理解や、ハラスメントに対する認識が高まっていることが背景にあると考えられます。また「過労死ライン」も知られるようになったことで、過重労働に関しては、目安が「見える」ようになったことも影響しているでしょう。

1審判決を取り消し「因果関係認める」判断

さて、今回の裁判について見ていきましょう。

トヨタ自動車に勤務していた男性がうつ病の果てに自死したのは平成22年1月のことでした。男性の妻は、男性の自死は過密・過重な労働、上司からの継続的なパワハラによって男性がうつ病を発症した結果であり、業務に起因すると主張して豊田労働基準監督署長に遺族補償給付と葬祭料の支給を請求しました。

しかし労働基準監督署は発症と業務との因果関係を認めず、平成24年に補償給付も葬祭料も支給しないという判断を下しました。そこで男性の妻が国および豊田労働基準監督署長を相手取り、判断を取り消すよう訴えを起こしたものです。しかし一審の名古屋地裁は妻の訴えを退けたため、妻は高等裁判所に控訴したという経緯です。そして二審の名古屋高裁で、名古屋地裁の判決を取り消し、労災が認定されました。

この裁判で名古屋高裁が下した判断は、以下のようなものです。

「業務による心理的負担」はどこまでか

精神障害の労災認定は複雑です。発症前およそ6か月に起きた業務上の出来事について、心理的負荷を「強」「中」「弱」と評価し、それらを総合するという形です(図2)。このストレス強度は数字にして見えるものではないことが、精神障害の労災認定を難しくしています。

今回の男性については、裁判所はこう判断しています。

本件労働者の受けた心理的負担は「中」程度のものが多いが、その過程での上司のパワハラ的言動などを踏まえると総合的には「強」にあたり、精神障害を発病させる程度に強度のある精神的負荷を受けた

―「労働判例ジャーナル」2021年12月号 No.117」p3 *1

上司のパワハラとは、このようなものです*2。

  • 直属の上司であるグループ長、室長は約1年間にわたり、約340人もの従業員の席がある静かなワンフロアで、多数の従業員の目の前で日常的に大声で叱責されていた
  • グループ長の叱責は少なくとも1週間に2回程度に及んでいた
  • 男性の担当業務が変更された後も、上司は同様の頻度で叱責を続けた

このような上司の行動を踏まえて、裁判所は男性に与えた心理的負担を「強」と判断しています。

残業時間との因果関係

残業時間とうつ病との因果関係については、電通の女性新入社員が自死し、過労死認定を受けた例が記憶に新しいかもしれません。実は今回、男性は発症前後、過労死ラインに達するような時間の残業をしていたわけではありません。残業時間はこのようになっています*3。

  • 平成20年  9月:59時間30分
  • 平成20年10月:35時間30分
  • 平成20年11月:50時間
  • 平成20年12月:8時間
  • 平成21年  1月:4時間30分
  • 平成21年  2月:2時間
  • 平成21年  3月:19時間
  • 平成21年  4月:31時間30分
  • 平成21年  5月:7時間
  • 平成21年6月〜平成21年12月:なし

しかし名古屋高裁は、業務の過密・過重性を認定しています。というのは、この頃トヨタ自動車はリーマンショックの影響で、平成21年6月から平成22年の夏頃まで、従業員に原則として残業させないことを各部署に要請していたのです。男性の場合、勤務時間が限られているのに業務量が減らないという事情がありました。ここに上司のパワハラが相まっているために発症、自死との因果関係を認めています。残業時間だけで一概に測れるものではないのです。

個人差も視野に

上のように、残業時間だけで一概に判断できないとなると、裁量労働制で勤務している社員のケアも必要だということがわかります。また、ストレスと精神障害発症の因果関係には、個人差も加味されることを知っておきましょう。「ストレス脆弱性モデル」と呼ばれるものです(図3)。

例えば同じ出来事に直面した場合でも、人によってストレス耐性は違いますので、受ける負担も異なります。ストレスに対する反応は同じ性格や素質、あるいは先天的な事情による個人差があり、これを勘案すべきという「ストレスー脆弱性モデル」が、この裁判でも判断の前提とされています。もちろん、ストレス耐性の高い(脆弱性の小さい)社員であっても、大規模災害や犯罪被害のような強いストレスが加わった場合は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に陥ることもあります。

複数ルートからの情報収集を

自死にまで至らなくても、職場での心理的負担から精神障害を発症した可能性がある社員の場合、人事管理者としては複数のルートからの情報収集をする必要があります。発症した社員は、主治医、産業医、カウンセラーと、それぞれに違う内容を話すことが珍しくないからです。

通院前に「これを医師に相談しよう」と決めていたのにいざ病院につくと忘れていて聞きそびれたり、その時の体調やその場の空気によって話しやすさや内容は異なったりします。頭がぼうっとする症状によって話し忘れることもあります。よって、一方向からだけの情報収集では、社員の身に何が起きているのか、何を考えているのかを総合的に知ることはできません。

もちろん、ハラスメントが存在する場合は直属の上司から話を聞いても、その上司がハラスメントをしている当事者ということもあります。ストレスチェックで高ストレス判定を受けて医師面談を実施した社員や休職に至った社員の場合は、人事管理者も社内・社外問わずヒアリングを実施することが望ましいといえます。複数ルートからの情報収集を通じ、適切な労務管理を実施することを、強く心がけるようにしましょう。

また、企業としてはどうしても定量的に測れる残業時間といった指標にばかり目が行きがちです。しかし前述のトヨタの事例でも明らかな通り、それだけでは適切な労務管理が出来ているとは言えない時代になっているのです。

*1 *2* 3 「労働判例ジャーナル」2021年12月号 No.117」p3、p9、p21

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<清水 沙矢香>

2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。取材経験や各種統計の分析を元に関連メディアに寄稿。

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