コラム
メンタルヘルス

メンタル不調からの一般的な復職手順は当事者に寄り添えているのか

多忙やストレス等でメンタル不調をきたし、抑うつ状態になったり、長期休職を余儀なくされたりする人は少なくありません。
何度も休職・復職を繰り返したり、退職にまで至ってしまうケースもあります。他方、復職過程で一般的な復帰支援や、復職プログラムを取り入れている企業も多くありますが、通り一遍の対応だけではなかなかうまく行かないようです。

それはなぜなのでしょうか。そしてどうすれば上手くいくのでしょうか。当事者の視点から見ていきましょう。

メンタル不調者の状況

2021年に日本生産性本部が上場企業2312社を対象に実施したアンケート調査によると、いわゆる「心の病」の増減傾向は、下のようになっています(図1)。

精神疾患の増減傾向グラフ

「増加」と回答した企業の割合は減少しましたが、「横ばい」である企業が最も多く、減少傾向にはあまり向かっていないことがわかります。また、年齢層別でみると、最も多いのは30代でした(図2)。

精神疾患の最も多い年齢層グラフ

一人前に仕事ができるようになる世代です。社内での立ち位置が変化し、それゆえのストレスを抱えている可能性もありそうです。しかし本来ならば体力も伴い、企業にとっては重要な戦力となっている世代ではないでしょうか。

さて、メンタル不調から休職に至ったとき、最も重要なのは復職支援のあり方です。厚生労働省は一般的な復職プログラムを示していますが、なかなかうまくいかないケースがあることもしばしばです。

目には見えない「認識のズレ」

かつて筆者も会社員時代、メンタルの不調で長期休職をしたことがあります。そして、復職にあたっては、やはり大きな苦労がありました。こちらは、地域で復職支援を実施する地域センターの支援員を対象にしたアンケートです。支援員が企業の対応に対して苦労する項目が挙げられています(図3)。

地域センター支援担当者が抱える企業に対する苦労の棒グラフ

「休職の前から本人を評価しておらず、復職実現に消極的である」、「復職判定基準のハードルが高すぎる」といった項目では、ほとんどの支援担当者が「苦労する」と回答しています。前者は企業としての姿勢の問題ですが、後者の「復職判定基準のハードル」は多くの人事担当者が予期していない可能性があります。

復職プログラムは、本人・主治医・企業側(人事や産業医等)の「三者合意」から始まります。この段階で、企業側としては「少しずつやれば働けるようになる」と感じることでしょう。それは事実ではありますが、当事者にとっては絶壁から始まるような状態に追い込まれることもあります。気分障害や精神疾患は目に見えないものであるうえ、知られていない症状が多くあるためだと筆者は考えます。

ありえない制度設計になっていることも

筆者の場合も、一般的な復職プログラムにのっとって「試し出勤」が始まりました。
厚生労働省の資料では、「試し出勤制度等の例」として、このようなステップが示されています*1

① 模擬出勤 : 勤務時間と同様の時間帯にデイケアなどで模擬的な軽作業を行ったり、図書館などで時間を過ごす。

② 通勤訓練 : 自宅から勤務職場の近くまで通勤経路で移動し、職場付近で一定時間過ごした後に帰宅する。

③ 試し出勤 : 職場復帰の判断等を目的として、本来の職場などに試験的に一定時間継続して出勤する。

①はまず、生活リズムを復帰モードに切り替えていこうというものです。朝決まった時間に起き、出勤を想定して外出をする。そして一定時間、業務を想定して自宅外の場所で過ごすという「模擬出勤」です。

②は、通勤に使う体力を取り戻していき、職場に近づくことで感じるストレスを少しずつ和らげていくためのステップです。

そして③で、実際の出勤に移ります。午前中のみ、といった短時間から始まります。

筆者の場合、それぞれのステップを2週間ずつ続け、全体で3か月をかけてフルタイム勤務、つまり復帰状態に戻すというプログラムでした。

合理的なように見えます。

しかし、当事者は口を揃えて言うのですが、この制度設計はむしろ「いきなりハード」なのです。気分障害や精神疾患についてあまり知られていない症状があるためです。

他人からは見えない「敵」

まず、その代表的なものが「自律神経の失調」です。

「自律神経失調症」という言葉はだいぶ浸透していますが、精神疾患のベースにはかならず自律神経の失調、それを通り越して「自律神経などほぼ機能していない」とも言える状況があります。天候や気圧の変化に弱い、偏頭痛を持っている、といった部分的な症例を持っている人も、あるいは周囲にいるかもしれません。

精神疾患者の場合、それが「全身症状」として表れることがあります。低気圧や悪天候時、目を覚ましても全身が鉛のように重く身動きが取れなくなる症状、と言えばわかりやすいかも知れません。精神疾患では、この症状を持つ人が多くいます。
誰しも悪天候の日は気分が晴れないものですから、「自分も天気が悪い日は少ししんどいからわかるよ」と、声をかけることがあるかも知れません。筆者の実感でいえば、その「少ししんどい」の何百倍の倦怠感といったところでしょうか。

そしてこの復職プログラムは、「まず朝同じ時間に起きること」が大前提になっています。しかし、天候が不安定な季節になると、当事者からすればこれが最も高いハードルなのです。

ある医師によると、中にはこの3か月のプログラムの中で1日でも遅刻や欠勤があると振り出しに戻すという厳しい方式を採っている企業もあるそうです。筆者からすれば「そもそも復職させる気があるのか?」とすら感じてしまいます。何度も振り出しに戻され、そのたびに当事者は自信を失っていき、ひいては社会人になることを諦めてしまってもおかしくありません。

もちろん、いずれは毎日の定時出社に導く必要があります。
しかし、順序に問題があると筆者は感じています。

また、あまり知られていない状況として、「入浴困難」があります。
入浴とは客観的にみれば、非常に体力を使う行為です。それがしだいにおっくうになり、ハードルが上がってしまうのです。
それを理由に外出できない日が生じる人も多くいます。この点は「基本的な生活」として、主治医がゴーサインを出すかどうかの段階の話ではありますが、復職を希望する患者の中には、焦りから診察で強がった発言をしがちです。

ただ、定時出社が難しいのは「体力がない」だけではない理由もあるのです。もうひとつは、「少し遅れてしまっただけで絶望感を感じる」という心理傾向です。100か0かという完璧主義の人は精神疾患者には多いものです。その完璧主義が疾患の一因になるくらいです。

これは非常にもったいない状況です。「多少遅刻しても自分のタイミングで出社できればいいや」という心理的安全性さえあればその後順調に復職できるものが、この1度の「失敗」をきっかけに、それまで積み上げてきた課題や自信を全て失ってしまう人もいます。

人事担当者から、これらのポイントに対する配慮や声かけがあると、「理解してくれている」と多くの精神疾患者が感じることと筆者は考えます。

ハードル設定の見直しも

さて、障害者職業総合センターのレポートでは、職場の求める回復レベルが10年前に比べて高くなっている可能性がある、と指摘しています。下はそのイメージです(図4)。

主治医と職場の考える復職可能レベルの差の図

主治医が復職可能の診断書を出す段階の回復度合いと、職場から求められる回復レベルとの落差は、筆者も若干感じたものです。

このギャップを埋めるためには、主治医との密な連絡、あるいは復職プログラムに主治医の見解を取り込んだり、産業医を選任されている場合は、主治医と産業医双方のアドバイスを照らし合わせるといったことも必要でしょう。

復職プログラムは人事担当のためにあるのではない

復職プログラムに沿った復帰支援は、一見「当事者の負荷を考慮したもの」のように感じるかもしれません。しかしどのような病気でも、回復過程には「波」があるように、精神疾患からの回復過程にも波があります。

よって、同じ傾斜の坂を登らせ続けることはほぼ不可能という前提に立った方が良いでしょう。「まず午前に出社する」が前提という決まり事に全員を当てはめてしまうと、かならずそこからこぼれ落ちてしまう人が出てきます。

目指すところの「復帰」にたどり着くのならば、多少順序の違いや回り道があっても良いと筆者は考えます。復職プログラムは、人事担当が上層部からハンコをもらうために存在しているのではなく、企業にとっても当事者にとっても互いを失わないというのが最終目的です。そのための手段が「ひとつしかない」という状況は、考え直す余地があるかもしれません。

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〈清水 沙矢香〉
2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。取材経験や各種統計の分析を元に関連メディアに寄稿。

   
       

         
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